
茨城県ひたちなか市。那珂湊駅で降りた人々がおさかな市場に向かう県道6号線からみて、那珂川のほうにある真言宗智山派のお寺、華蔵院。ここには、こんな伝承が残っている。
ある晩のこと、湊村の商人が商売の帰りに、小金の原というところを通りかかると、何やらにぎやかに酒盛りをしている様だった。
茨城の民話webアーカイブ https://www.bunkajoho.pref.ibaraki.jp/minwa/minwa/no-0800100020?f=1
こんなところで誰が酒盛りをしているのだろうと近づいてみると、それは数匹の猫たちだった。猫たちは、「華蔵院がこないのは残念だなぁ。」「今日は一体どうしたのだろう。」などと、酒を飲み飲みやっている。
そこに、袈裟をつけた猫が、「いやー遅くなって申し訳ない。袈裟がなくてこられなかったのだよ。」といいながらやってきた。
遅れてやってきたのが、猫たちの話の中にでてきた華蔵院という猫らしいーそれにしても不思議なこともあるものだと商人は思い、湊村へもどると早速、華蔵院の和尚さんにこの話をして聞かせました。すると和尚さんは、ひざの上の猫の頭をなでながら、「その時の猫はこれでしょう。」と言ったのだそうです。
上記は、和尚さんが、「猫が宴会する」という普通なら信じられないことを、驚き無く冷静に受容するバリエーションだ。しかし、この手の伝承によくあるように、ほかのバリエーションもある。例えば、旅人の話を聞いた和尚さんが「そんなバカな」と袈裟を見ると、そこには猫の毛がびっしりついていた、というサスペンス仕立てとかね。
この伝承、こちらでも書いた「踊る猫」の類型で、次の要素を含んでいる。
- 地点Aで猫1が人間1のものを借りる
- 人間のふるまいをしている猫1が、人間2によって地点Bで目撃される
2の「人間のふるまい」が、踊りだったり宴会だったりと、いろいろなバリエーションがあるわけだ。確かに猫は、犬と違って後ろ足で立ち上がるし、その立ち姿も安定感があるもんだから、踊らせてみたり宴会やらせてみたりしたくなる気持ち、わからんでもない。

ちなみに、小金の原というのは松戸の近く。東京はもう目の前だ。華蔵院からの距離は約90㎞。那珂湊は徳川家のおひざ元だから水戸との縁は深いし、松戸は、水戸から江戸へと向かう水戸街道上の宿場町。だから出てくるのに無理がある地名ではないのだが、それにしてもずいぶんと遠出した猫である。

この華蔵院。開基は応永、宥尊上人によるものという、いかにも古刹といったお堅い雰囲気。しかし、だ。山門の屋根の上に見えるあの後ろ姿は・・・!

やはり、猫でした。

こちら側にもいらっしゃる。

さすがに袈裟を着る悪ふざけはしていないし、そのほかに猫アイテムがあるわけでもない。だけどこれが、開基から600年の、現在も多くの檀家に支えられていて観光に走る必要もなさそうなお寺と思えば、サービス精神は十分といったところじゃないだろうか。
Access
華蔵院
公共交通機関を使うなら、ひたちなか海浜鉄道那珂湊駅で降りて徒歩13分。自動車なら、常陸那珂有料道路のひたちなかICで下車するのが楽。
Nearby
おさかな市場
地産の海産物の取り扱いは実はあまりないのだが、鮮度はさすが。飲食店もあるので楽しめる。
稲葉屋菓子店
那珂湊はかつて隆盛を誇っていたのはあまり知られていない。空襲をうけた水戸と異なり、こちらは幸いにも戦争の被害は免れたので、今となってはだいぶん数はへらしたものの、昔の建物がちらほら残っている。ここはその一つ。単に残っているだけではなく現役で使われている、つまり、生きている点でも貴重。那珂川沿いの那珂湊環状線を進むと見つけやすい。「てっぽう飴」がおすすめらしいが、筆者が気に入ったのはあんドーナッツ。濃い緑茶とよく合いました。

那珂湊反射炉跡
江戸時代の溶鉱炉。徳川慶喜の実父である斉昭が作らせたもの。この反射炉、大砲のための金属を精錬するのが目的だったが、実際には、そこまでの品質には至らなかったとか。現物は、天狗党という尊王攘夷派に破壊されており、現在のものは復元。斉昭は新しい技術が好きだったのか、水戸市の弘道館には斉昭のデザイン図が残されている。
湊公園
徳川家の別邸跡。高台なので眺めはそこそこ良い。芝生や東屋、トイレもあるので、ちょっとした休憩やピクニックにも。
Reference
- https://www.bunkajoho.pref.ibaraki.jp/minwa/minwa/no-0800100020?f=1
- 「民話のふる里」 今瀬文也著 秀英書房出版
- 「茨城の寺」 今瀬文也著 秀英書房出版
- 「茨城の密教寺院」 茨城智山青年会出版